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落合下渡船場。 ここで、先発隊に追いつきました。 |
15分間隔運行。岸壁幅138m。 ここも貸切状態になりました。 |
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写真では少し解りにくいですが、 水鳥がたくさんいました。 |
こんなところに二宮金次郎 子どもっぽくない顔です。 |
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落合上渡船場です。 前方に緑のアーチ状の 木津川水門が見えます。 月に1度程度試運転されるようです。 |
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15分間隔で運行。岸壁幅138m。 ここが、最後の渡船です。 |
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難波島渡し跡 右岸のものは道路沿いにあります。 当時は道路も川の中だったのでしょうか。 | |
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左岸の石碑はこの角を右に入った突き当たり、 堤防のところにあります。 | |
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中の島まで戻ってきました。 解説や絵がたくさんあります。 「合羽嶋より東を望む」 「合羽嶋ハ堂嶋の すへにして、大川・蜆川の・・・・ |
文久3年(1863年)の 「萬壽大阪細見図」 中の島に架かる橋は 今とほぼ同じでしょう。 『大阪難波は八百夜橋』ですね。 |
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「浪花百景之内 中の嶋蛸の松」 八方に広がっていたので 蛸の松といいます。 |
「浪花百景之内 玉江橋より天王寺塔遠景」 橋の向こうに見えているのが 四天王寺の五重の塔 |
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これが現在の蛸の松です。 田蓑橋北詰にあります。 |
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新旧の「蛸の松」の場所です。 | 枝振りが蛸の泳ぐ姿に似ているので 「蛸の松」と呼ばれました。 |